​児玉 信子 

 私の記憶に残っているのは祖父の死です。仏壇の前に祖父の亡骸がありました。その時4歳だった私は、怖くて母の前掛けにしがみついて、声を上げて泣いていたのを覚えています。それから、毎日遊びに行っていた裏のおじいちゃん、おばあちゃんも、いなくなりました。そして隣の大好きなおばあちゃんが死んだ時、「もう見ることも、話すこともなく消えていくのが死んだ人なのだ」と知りました。毎日が恐怖で、「死んだら何処へいくのだろうか」「暗闇の中にひとり投げられるのだろうか」と考えました。家には仏壇があり、小さい時から手を合わせて、供物をするのが当たり前でした。小学生の時、「仏壇にお願いしたら、本当に聞いてくれるのだろうか」と不思議に思いました。誰もいない時、仏壇の前扉を一つひとつ開けていくと、お札が入っているだけで何もなく、後ろを見ても何もありません。仏壇はただの箱だと知り、死の恐怖から解放されることはありませんでした。

 ある時、新聞のチラシに「あなたは死なない」と書かれているのに目が留まり、「死ななくてよい方法があるなら知りたい」とすぐに読むとキリスト教のことが書かれていました。最後まで読みましたが、「結局は死ぬんだ」と思いました。死ななくていよい方法なんてあるはずが無い。しかし、その後も「あなたは死なない」の言葉が頭から離れませんでした。辛かった日の夜空に「本当の神様がいたら、私を助けてください」とお願いしました。

 18歳の時、友達に誘われて、初めてキリスト教会に行きました。友達は聖書をプレゼントしてくれました。礼拝に出席しましたが、数ヶ月しか続きませんでした。それから時がたち、旧亀田福祉センターでキリスト教会の集会があることを知り、迷いながらも行くことにしました。広い会場には思った以上の人がいて、勧められるまま座りました。講壇には、牧師、伝道師、テレビで見たことのあるゴダイゴの元メンバーのスティーブ・ホックスさんがいました。スティーブさんが「イエス・キリスト」について話してくれたのが、強く心に残りました。集会の最後に「イエス・キリストを信じる人は手を挙げてください」と言われ、みんな目を閉じていますが、とても怖くて悩みました。しかし、「今、手を挙げなければ後悔する」と思い、手を挙げました。集会後に一人の若いクリスチャン女性が話しかけてくれました。彼女の通う教会へ行ったり、家で話している中で、「私は好き勝手に、自分中心に生きてきた」ことの罪を知りました。

 歩みの遅い私に、イエス様は離れることなく寄り添ってくださり、人間が作ったものではなく、人を造られた本当の神様であるイエス様に導いてくださいました。全身、罪に染まった私の重荷を背負い、十字架の犠牲となり、復活によって救われたのだと改めてわかりました。

 イエス様を信じてから、長い年月、死の恐怖にもてあそばれ続けていたことが分かりました。幼い頃、本当の神様に助けを求めた時から、色々な人や出来事を通して、神様はみことばを伝えてくださっていたのです。私はもう孤独ではありません。

 イエス様は私の罪を赦し、永遠の住まいに入れてくださいました。今日までの祈りに答えてくださった神様の愛を心から感謝します。

 私を慰め、支えてくれた御言葉です。

『恐るな。わたしはあなたとともにいる。たじろぐな。わたしがあなたの神だから。わたしはあなたを強め、あなたを助け、わたしの義の右の手で、あなたを守る。』

イザヤ 41:10

イエス様を信じた理由(児玉)